2024年3月18日、高砂熱学工業株式会社が世界初挑戦となる月面での水素・酸素の生成に向けて月面用水分解装置の開発を完了し、月への輸送を担う株式会社ispaceへ引き渡したことを発表した。
月面用水分解装置は、2024年冬に打ち上げが予定されているispaceの民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション2のランダー(月着陸船)に搭載される。
本記事では、「HAKUTO-R」のミッション2について紹介した後、月着陸船に搭載される月面用水分解装置の概要や特徴についてご紹介します。
「HAKUTO-R」ミッション2について
ispaceは月面資源開発に取り組んでいる企業だ。
月への高頻度かつ低コストの輸送サービスを提供することを目的とした小型のランダー(月着陸船)と、月探査用のローバー(月面探査車)を開発している。
これらの月面運用を目指す同社による民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」のミッション1では月面着陸の最中にランダーが落下してしまったものの、着陸中のデータも含め貴重なデータやノウハウなどを獲得することに成功した。
2024年冬に打ち上げ予定のミッション2では、ランダーの設計・技術の検証や、地球から月面にものを輸送するサービス、月面で取得したデータを活用したサービスの事業モデルの検証と強化を実施予定。
また、資源探査のための取り組みを自社開発のマイクロローバー(小型の月探査車)を中心に実施するという。
ランダーについては、ミッション1と同様のモデルを使用。
名前は「RESILIENCE」。日本語で「再起」や「復活」「回復」等の意味であり、ispaceがミッション1での月面着陸の失敗を有効に活用し、迅速かつしなやかに再起するという、”Never Quit the Lunar Quest”の精神が込められた名称だ。
RESILIENCEは以下の5つを搭載して月面まで輸送。
- ispaceの欧州子会社ispace Europeが開発するマイクロローバー
- 高砂熱学工業株式会社の月面用水電解装置
- 株式会社ユーグレナの月面環境での食料生産実験を目指した自己完結型のモジュール
- 台湾の国立中央大学宇宙科学工学科が開発する深宇宙放射線プローブ
- 株式会社バンダイナムコ研究所の「機動戦士ガンダムUC」に登場する「宇宙世紀憲章」のデザインをモチーフに、未来へのメッセージを刻した特殊合金プレート「GOI宇宙世紀憲章プレート」
また、同社のマイクロローバーは欧州子会社であるispace Europeが開発。
高さ26 cm、幅31.5 cm、全長54 cm、重さ約5 kg で、ランダーの上部に格納され、月面着陸後に月面への着地と走行のために展開される計画だ。
高砂熱学工業とは
ここからは、ミッション2でRESILIENCEに搭載される5つの中の1つ、高砂熱学工業の月面用水電解装置について紹介する。
高砂熱学工業は、1923年の創立以来、空調設備の設計・施工を中心に、人に優しい快適空間の創出、AIを活用した設備の最適な運転や省エネのコンサルティングなど、建物管理に関するサービス日本全域・中国・東南アジア・インド・メキシコで展開してきた。
また、心地よい環境を創造する「環境クリエイターⓇ」として脱炭素・サステナブル社会の実現に寄与する技術・サービスの創出にも取り組んでいる。
約20年前からは、建物で利用するエネルギーとして水素に着目し、水素製造技術を開発。
地上用の、水を電気分解して水素と酸素を生成する水電解装置を開発し、空調設備事業で培ったエンジニアリング力でCO2排出がほぼゼロの水素製造システムの社会実装に取り組む。
2019年12月にispaceの民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」のコーポレートパートナー契約を締結して協業を開始し、月面用の水電解装置の開発に至った。
月面用水電解装置について
月面用水電解装置の必要性
宇宙探査の進化に伴い、月面での活動はますます現実のもの。そのためには、生命維持やロケット燃料の補給など、様々なリソースが必要だ。
近年、月に水が氷の状態で存在する可能性が示されており、将来的に月面で採取した水から水素と酸素を生成すれば、水素はロケットなどの燃料として、酸素は人が月面で生活するために利用できる。
そのため、月面用水電解装置は将来の月面探査や居住など、宇宙活動を持続させるために重要な技術となるのだ。
月面用水電解装置の構成と特徴
月面用水電解装置は縦30㎝×横45㎝×高さ20㎝という大きさで、主に以下の要素で構成されている。
- 水を電気分解して水素と酸素を生成する電解セル
- 電気分解に必要な水と生成した酸素をためるタンク
- 生成した水素をためるタンク
- 装置全体を制御する電気ユニット
- これらを強固に支えるパーツ
地上用と比較した月面用水電解装置の特徴は、地球の1/6という低重力下でも水の流れを安定させて作動させることが可能であること。
また、ロケット打ち上げ時や月面着陸時の振動・衝撃への機械的強度を確保する耐振性、輸送用ランダーへ搭載するための小型・軽量化、真空下でも装置温度を所定の範囲に保持する熱制御などの技術も実現した。
同装置がさらされる宇宙・月面環境は過酷であり、さらに直接のメンテナンスもできない。
これらの課題を克服すべく、地上の水分解技術を応用しつつ、部材の選定から始まり、各種試験(振動試験、熱真空試験、通信試験)を行うなど地上用とは異なる開発過程を経て装置を完成させたという。
月面での水素・酸素生成ミッション
月面に到着後、水電解装置はランダー上部に搭載された状態でミッションを行う。
電気分解に必要な水は地上から持参。ランダーから供給される電力(太陽光発電)によりその水を電気分解し、水素と酸素を生成する。
水電解装置の運転操作や状態監視は、ランダーの通信設備を介して、東京日本橋にあるispaceのミッションコントロールセンター(管制室)から行うという。
今回のミッションは、月面において水素と酸素を安定的に「つくる」技術を実証すること。具体的に行う実証は以下の3つ。
- 水素・酸素をつくる:世界初となる月面での水素と酸素を「つくる」を目指す。
- 水素・酸素を圧縮する:実用に際し、つくった水素と酸素をコンパクトに「ためる」ためには、圧縮する必要がある。圧縮レベルは地上用装置と同等を目指す。
- 運転-停止を繰り返し行う:実用に際し、水素と酸素の需要に合わせた運転・停止が必要だ。運転開始から停止までの一連の機能を繰返し安定的に発揮できることを目指す。
このミッションに関する内容は、YouTubeでも公開されている。興味のある方はぜひご覧いただきたい。
さいごに
いかがでしたか。
月面での活動には、あらゆる地球上での技術が必要だ。
月面での水素と酸素の生成は世界初挑戦。「HAKUTO-R」ミッション2の成功と、月面用水電解装置の実験成功に期待したい。