
2025年6月3日、宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)のH3プロジェクトチームは、「基幹ロケット開発に係る有識者検討会(第3回)」にて、H3ロケットの高度化に関する最新の検討状況を公表した。 その中で注目の論点の一つが、「H3ロケットの国際競争力をどう確保するか」というテーマである。
本記事では、有識者検討会で示された最新の議論をもとに、H3ロケットに求められる国際競争力とその背景や課題について解説する。
目次
H3ロケットで国際競争力が問われる理由
H3ロケットは、日本の基幹ロケットとして「宇宙への輸送手段における自立性の確保」と「国際競争力の向上」という二つの目的を掲げて開発された。
なかでも国際競争力の向上は、激化する衛星打ち上げ市場において、H3ロケットが輸送手段としてどのような強みを発揮し、国内外問わず衛星の打ち上げ案件を受注できるかという戦略的な視点が求められるテーマだ。
では、なぜ基幹ロケットであるH3ロケットに国際競争力が求められるのか。
その理由は、一定の打ち上げ機数を確保していない基幹ロケットは、技術・品質の衰退につながるからである。
一定の生産規模を維持できる打ち上げ機数を確保することは、ロケット製造メーカー/ サプライヤの製造基盤や品質を維持するためにも極めて重要な要素になる。
実際に国際競争力が十分でなければ、ロケットの打ち上げが内需(自国の政府衛星等)に依存してしまい、年間の打ち上げ回数はおおむね3機程度にとどまってしまう。
商業衛星や海外衛星の受注を増やし、打ち上げ数を拡大することで、製造メーカーやサプライヤーの生産ラインを安定的に稼働させ、品質や技術の維持・向上を図ることにつながるのだ。
また、日本の商業衛星の打ち上げ案件を受注すれば資金の国外流出を防ぐこともでき、海外衛星の打ち上げ案件を受注すれば外貨獲得にもつながる。こうした経済的観点からも、国際競争力を備える意義は大きい。
こうした背景から、H3ロケットは「年間3機以上の商業衛星打ち上げ案件を受注すること」を国際競争力確保を考える上での1つの目標値としている。
H3ロケットの国際的な立ち位置を俯瞰
民間企業の参入や新興国の台頭、再使用技術の進化によりロケットの国際競争が加速しており、H3ロケットの国際競争力を考えるうえで、世界的な変化の中で自らをどう位置づけるかが問われている。
衛星打ち上げ市場の競合
SpaceX
例えば、衛星打ち上げサービス市場で圧倒的な存在感を示しているのが、イーロン・マスク氏率いる米SpaceXだ。同社が運用する「ファルコン 9」ロケットは、機体を再使用できる設計により、打ち上げコストを劇的に下げ、他の同性能ロケットに比べて、半額近い価格で打ち上げサービスを提供することに成功。
価格だけではなく打ち上げ頻度も突出しており、2024年には約130回のミッションを実施、世界全体の打ち上げミッション数の半分以上を占める圧倒的な実績がある。
まさにロケットにおける破壊的イノベーションを引き起こしたのがこのSpaceXである。
United Launch Alliance
同じく米国では、ボーイングとロッキード・マーティンの合弁企業であるUnited Launch Alliance(ULA)が、米国版H3ロケットともいえる「ヴァルカン」新型ロケット の初飛行を2024年1月に実施。従来よりも半額近い低コスト化を目指し、政府衛星や商業衛星のミッションを担う次世代機として、本格運用に向けた準備を進めている。
Ariane Space
一方、欧州では、Ariane Space(アリアンスペース)が「アリアン5」ロケットの後継機となる「アリアン6」ロケットを開発。同ロケットも衛星打ち上げ市場における柔軟性の向上や低コスト化といった戦略を図っており、2024年7月に初飛行を実施している。
その他
そのほかにも、中国やインドも自国の基幹ロケットによる打ち上げ能力を有しているほか、世界各国でベンチャー企業による小型・中型ロケットの開発も進んでおり、衛星打ち上げ市場は激しい競争に晒されている。

H3ロケットの市場戦略
では、H3ロケットは国際競争力をどのように確保する戦略を立てているのか。
これまでH3ロケットは他国と同様、基幹ロケットの柱として、「柔軟性・高信頼性・低価格」の三つを掲げて開発が進められてきた。
前身のH-IIAロケットで培った信頼性を継承しつつ、多様な衛星や軌道に柔軟に対応できるよう設計を追加。最も軽量な構成では、打ち上げ価格をH-IIAの半額となる約50億円に抑えることを目指している。
しかし、今の衛星打ち上げ市場では、H3の基本方針では、国際市場での差別化は難しい。
そこでH3ロケットは今後、国際競争力を確保するために、単に技術的な性能を高めるだけではなく、他のロケットでは代替できない価値を提供できる市場ポジションを確立することが求められている。
具体的には、H3ロケットの特徴にマッチングする顧客層を明確に定め、年間6~8機以上の定常的な打ち上げ機会を安定的に確保するという市場戦略だ。

H3ロケットの強みと課題
では、H3ロケットの強みはどこにあるのか。
H3プロジェクトチームの顧客ヒアリングや競合分析によると、強みとしては、以下の3点が列挙された。
第一の強みは、官民連携による安定的な打ち上げ運用体制である。JAXAの技術的知見と三菱重工業の製造・運用ノウハウが一体となることで、公的支援の確実性と民間企業のスピード感を両立し、顧客に対して安定したサービス提供を可能にする。
第二の強みは、前身機H-IIAで実証された約98%という高い打ち上げ成功率とオンタイム打ち上げ実績を継承していることである。衛星運用のスケジュールに厳格な要件を持つユーザーにとって、信頼度の高い選択肢となる。
第三の強みは、静止トランスファー軌道(GTO)へのペイロード能力強化である。従来機より約2トン増の最大6.5トンを、静止化増速量[*1]ΔV=1,500 m/s相当の静止トランスファー軌道に投入可能とし、衛星側の燃料搭載量を削減。軌道投入後の運用余力を高めることで、顧客のミッション設計自由度を広げている。
一方、H3ロケットの課題としては、
- 打ち上げ能力、衛星搭載形態の多様化対応
- 年間打ち上げ機数/打ち上げ間隔、契約から打ち上げまでの期間
といったものが挙げられた。
現在、宇宙に運ぶ衛星のサイズや形状、数、目的地は多様化しており、それに応じた柔軟な搭載機能が求められている。そのため、複数衛星を柔軟に配置し同時に打ち上げる技術や、衛星への負荷を抑える技術の強化、大型または多数のペイロードを打ち上げるための衛星格納域の拡大などが必要だ。
また、打ち上げの頻度が少ない、間隔が空きすぎる、契約から実施までに時間がかかるといった課題もある。これでは、迅速な対応を求める商業顧客に選ばれにくい。
これらの課題の克服もまた、H3ロケットの将来的な国際競争力を左右する重要な要素となる。
[*1]静止化増速量:静止軌道に移動するために必要な衛星の増速量。静止化増速量ΔV=1500m/sは、事実上世界的な標準値
さいごに
いかがでしたか。
このように、H3プロジェクトチームは、単なるコストや能力の競争ではなく、H3ロケットならではの強みを活かした市場戦略の確立を目指している。国際競争の中で打ち上げ機数を安定的に確保し、日本の宇宙輸送産業を持続的に発展させていくことが重要であろう。
価格競争だけではなく、信頼性や軌道対応力、そして「1社独占を避けたい」という衛星事業者のニーズに応える市場戦略を通じて、独自のポジションを築くことができるかが、今後のカギとなるだろう。