2024年11月20日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は欧州宇宙機関(ESA)との連携強化を目的とする会合を開催し、将来的な大型協力に関する共同声明に署名した。
本記事では、この動きを背景にEUが掲げる宇宙政策「EU宇宙プログラム」の主要な政策3つについて、5分でわかりやすく紹介する。
5分でわかる、EU宇宙プログラム
概要と目的
EU宇宙プログラムとは、欧州連合(EU)が初めて統合的に策定した宇宙政策のことである。
単なる宇宙技術の開発を超え、地球規模の社会課題に取り組むために同プログラムは設計されており、とりわけ衛星を活用した解決策に重点を置いている。
2021年から2027年の間に総額149億ユーロ(約2兆3500億円)の予算が投じられる予定で、地球観測、ナビゲーション、通信の3つの分野で具体的なプロジェクトを推進している。
EU宇宙プログラムの3本柱
地球観測プログラム:COPERNICUS
COPERNICUSは、宇宙と地上から得られるデータを活用し、環境監視と安全保障を目的としたEUの地球観測プログラムである。
このプログラムは、気候変動の監視や自然災害への対応、さらには農業や漁業の支援など、幅広い分野での活用が期待されている。
例えば、大気質の監視や予測では、健康や環境への影響を評価する上での重要な指標になり、大陸を観測すれば、土地利用や植生の変化を追跡することで、都市計画や自然資源の管理に役立てられる。
海洋環境を監視した場合、海洋資源の管理や海上安全にも貢献可能だ。
もう少し範囲を広げてみると、気候変動の影響評価や対応策の提供、自然災害時の迅速な情報支援、国境管理などの安全保障分野まで、COPERNICUSは、地球規模での観測サポートを提供しているのが特徴である。
これらのサービスは、Sentinel衛星群や地上センサーから収集されたデータを基にしており、誰でも無料でアクセスが可能である。
地球測位プログラム:GALILEOとEGNOS
GALILEO:EU独自のGNSS
GALILEOの特徴
GALILEOは、EUが開発・運用する独自の全地球測位システム(GNSS)のことを指している。
GALILEOは、GPS(アメリカ)やGLONASS(ロシア)といった他国のGNSSには依存せず、欧州独自のインフラとして機能しており、2016年の正式運用以来、現在では40億以上のデバイスで利用されている。
信号は世界中どこでも無料で利用可能であり、スマートフォンや車載機器をはじめ多くのデバイスに対応している。
とりわけ軍事利用を目的とせず、民間利用を主軸とした設計になっており、測位精度も1メートル以内と高精度でGPSの約4倍の正確さを持っているのも特徴的だ。
現在、地球上空約23,000kmの軌道を24基の衛星が周回しており、これを支える地上インフラとして、イタリアやドイツには制御センターが設置され、スペイン、フランス、オランダにはサービスセンターが設置される等、欧州全域で一体的な運用体制が整備されている。
GALILEOが提供するサービス例
日常的に使用されている用途では、主にスマートフォンやカーナビ等で利用されるオープンサービス(OS)が挙げられる。
また高精度サービス(HAS)を使用した場合は、20センチ以下の測位精度を提供することが可能なため、自動運転車やドローンの運用、交通管理等にも大きく貢献。
OSやHASの機能を応用すれば、例えば、金融業界では取引処理に必要な正確なタイムスタンプの提供や、農業分野では肥料の効率的な散布等も可能になる。
他にも遭難者の位置を10分以内に特定することで、迅速な救助支援の提供やEU加盟国向けに暗号化された通信の提供にも活用されている。
EGNOS:信号精度を高めるGNSS補完システム
EGNOSの特徴
EGNOSは、GALILEOやGPSの信号を補強し精度と信頼性を高めるためのシステムである。
3つの静止衛星と欧州全域に設置された約40の地上局ネットワークで構成されており、フランスとスペインに設置された制御センターによって運用されている。
なぜEGNOSが必要なのか
EGNOSは、GPSやGALILEOの信号を補強することで、幅広い分野において測位精度と信頼性を向上させている。それゆえに、日常的な用途はもちろんのこと安全に関わる分野まで、多岐にわたる実用例が存在している。
例えば、地図アプリや移動アプリをより正確に活用できる環境を支えているのは、EGNOSの機能である。
当然の事ながら、測量や地図作成などの専門分野でも重要な役割を果たしており、とりわけ、航空、海運、鉄道といった安全性が求められる分野では不可欠な存在となっている。
その他にも、インターネットを通じてデータを提供することで、位置情報を活用した新しいアプリケーションを開発するための基盤にもなっている。
航空分野では、500以上の空港で悪天候下における安全な着陸を支援することで乗客の安心を支え、海運分野では、港湾での正確な操船を可能にすることで物流効率を向上させ、農業分野ではトラクターの自動操縦を支援する精密農業技術の基盤となっている。
ここまで読めば、EGNOSの重要性を理解できたはずだ。
GALILEOとEGNOSの補完関係
GALILEOとEGNOSは、それぞれが独立したシステムでありながら、相互連携することで、EU内外における重要な測位サービスを提供している。
今後の技術進化としては、GALILEO第2世代によるより高精度かつ柔軟なシステム設計や、EGNOS V3による新たな信号補強の拡大が予定されており、交通、農業、金融、災害対応などの分野でのさらなる貢献が期待されている。
地球通信プログラム:GOVSATCOM
GOVSATCOMは、EUが提供する秘匿性の高い衛星通信サービスである。
このサービスは、EUおよび加盟国の政府機関が管理する安全保障・危機管理ミッションを支えるために設計されており、自然災害や人為的危機、国境監視、重要インフラの保護などの分野で活用されている。
GOVSATCOMの特徴
GOVSATCOMは政府機関専用の通信リソースを確保しており、一般ユーザや第三者による利用を排除する仕組みを整えている。そのため、EU外の第三者に依存しない運用が確立されており、完全な独立性を維持しているのが大きな特徴だ。
ジャミング(妨害電波)や傍受への耐性も強化されており、通信ネットワーク全体を高度な基準で保護することで、高いセキュリティ性を担保している。
他にも政府機関や商業通信プロバイダの容量を集約し、共有利用することで費用対効果の向上やユーザーのニーズに応じたカスタマイズも可能としている。
GOVSATCOMの活用分野
前述した独立性からGOVSATCOMは、主に災害や緊急事態、国境警備、インフラ保護といった危機管理の分野で活用されている。
万が一、通常の通信インフラが破壊された場合でもGOVSATCOMは安全で信頼性の高い通信手段を提供することができ、災害対応や海上での緊急事態支援が可能となる。
国境や海洋での不法取引や密輸に関しても、GOVESATCOMが監視に役立つデータを提供することで、安全保障の分野でも迅速かつ適切な対応が可能だ。
加えて、EU内外の輸送ネットワークやエネルギーインフラ、GALILEOやEGNOSなどの宇宙インフラを含む重要資産に対し、GOVSATCOMの通信は必要不可欠となっており、国家間の安全な通信手段を提供するといった側面でも、秘匿性の高い通信は重要な役割を担っている。
さいごに
いかがでしたか。
EU宇宙プログラムは、観測、測位、通信の3つを主軸とした衛星サービスを展開することで地球規模での問題解決を目指していることが、理解できたのではないだろうか。
EUのこのような国家間を跨いだ宇宙利用に関する包括的な取り組みは、単なるサービス提供に留まらず、国際協力を進めるための新たなモデルケースとなる可能性を秘めている。
JAXAとESAの協力によって、私たちの日常や地球全体の課題解決にどのように寄与していくのか、期待が高まるばかりだ。