2024年10月2日、地球に帰還可能な無人宇宙実験・実証機を開発する株式会社ElevationSpaceが、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業「ディープテック・スタートアップ支援基金/SBIR推進プログラム」に採択されたことを発表した。
同社はこの事業において、大気圏再突入時のような厳しい熱負荷条件にも対応できる軽量の熱防御システムを開発するとしている。
本記事では、大気圏再突入時に熱が発生する仕組みや熱防御システムの構造、そして今回ElevationSpaceが取り組む課題について説明する。
ElevationSpaceとは
地球に帰還する宇宙実験カプセルを開発
ElevationSpace はこれまで 15 機以上の小型人工衛星を開発してきた東北大学の吉田・桒原研究室発の宇宙スタートアップ。
主には、無人の人工衛星を用いて宇宙で実証・実験を行ったあと、衛星とともに帰還したサンプルを地上で回収できるという、国内初のサービス「ELS-R」の開発を行っている。
「ELS-R」は、2030年末に退役予定である国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」の後継ともなるもので、技術実証、創薬など高品質材料製造、エンタメ等、様々な用途に活用可能。
ポイントとなるのは以下の3つ。
- 高頻度で打ち上げが可能であり、打ち上げ機会が豊富に存在
- 有人のISSよりも安全基準のハードルが低く、短いリードタイムで利用が可能
- 無人で安全基準のハードルが低いため、幅広い用途での利用が可能
現在は初号機打ち上げに向けて様々な技術を開発中。
特に、「再突入・回収技術」は宇宙空間で研究開発した物資を持ち帰ってくるために欠かせない技術であり、ElevationSpaceは日本の民間企業で初めて宇宙機の再突入・回収に挑む企業となる。
様々な再突入・回収技術を自社開発
ElevationSpaceは「ELS-R」を開発するにあたり、様々な「再突入・回収技術」を自社開発している。
例えば、地球への帰還に向けて軌道を離脱させるために必要な高い推力を持つ小型衛星用エンジン。
同社の開発する小型衛星用エンジンは固体燃料と気体/液体酸化剤を組み合わせたハイブリッドエンジンで、高い安全性と経済性を兼ね備え、さらに推力制御や再着火も可能。
従来の小型衛星にはエンジンが搭載されていないものも多かったが、スペースデブリ化防止等の観点から小型衛星がエンジンを持つ必要性が高まっている現在、「ELS-R」に限らず様々な衛星での利用が期待できるエンジンである。
他にも、パラシュートを格納した回収カプセルにおけるサイドパネルの保持解放機構も同社が独自開発している技術だ。
カプセルの外側を覆っている3枚のサイドパネルは、展開のタイミングがずれると降下中にカプセルが回転してしまい、パラシュートを正常に開けなくなる可能性があるため、高い精度で同時に展開する必要がある。
「ELS-R」では、回収カプセルの構造設計面においては、2018年に国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が成功させたISSからの物資回収ミッションである「こうのとり」(HTV)搭載の小型回収カプセル(HSRC)の知見を取り入れて開発を実施。
初号機「あおば」においては、円錐台形の形状などHSRCと同様の技術を取り入れて信頼性を担保しつつ、前述のサイドパネル保持開放機構等には独自技術も採用することで低コスト化を実現しているのだ。
再突入に対応する熱防御システム開発
ElevationSpaceがNEDOのディープテック・スタートアップ基金/SBIR推進プログラムのフェーズ2「民間宇宙活動で推進する産業発展及び国際競争力強化に資する技術開発」で取り組む事業も、「再突入・回収技術」の1つだ。
同社は今回、大気圏再突入時にも対応可能な軽量熱防御システムの開発を行う。
SBIR推進プログラムとは
NEDOが実施するSBIR推進プログラムは、研究開発型スタートアップ等の研究開発の促進及び円滑な社会実装を目的に、内閣府が司令塔となって省庁横断的に実施する「日本版SBIR(Small/Startup Business Innovation Research)制度」の一翼を担うものである。
研究開発の初期段階をフェーズ1、実用化開発支援をフェーズ2として、各フェーズを本事業内でのみ実施する「一気通貫型」、関係府省庁等で実施する指定補助金等事業へ接続する「連結型」の2つの方法で実施されており、今回は一気通貫型での実施となっている。
大気圏突入時の熱の発生と対策
ElevationSpaceが今回のSBIRで開発する技術は、「ELS-R」における「再突入・回収技術」として回収カプセルに適用される技術だと考えられる。
回収カプセルが大気圏に再突入すると、超高温の環境にさらされる。それは主に、空気の圧縮の影響だ。
大気圏再突入時、超音速で移動する物体が空気にぶつかると物体の前方の空気が急激に圧縮されることで、空気の運動エネルギーが熱エネルギーに変換される。これを空力加熱と呼ぶ。
その温度は数千度、場合によっては1万度も超えるため、適切な防護システムがない場合、大抵の物体は燃え尽きてしまうのだ。
小惑星探査機「はやぶさ」の回収カプセルや「こうのとり」の回収カプセル(HSRC)では、この高熱からカプセルを守るために炭素繊維強化プラスチック(CFRP)等の耐熱素材が使われた熱防御システム(アブレータ)を採用している。
アブレータは、カプセルの表面が高温になると、徐々に表面が削れながら熱を放出し、表面が少しずつ熱に強い炭化層となったり、発生したガスが、外部の熱がカプセルを直接熱するのを防いだりすることによって内部を守るのである。
ElevationSpaceが解決する課題
ElevationSpaceが開発するのは、複雑な熱のかかり方にも対応できる、軽量で優れた熱防御システムだ。
大気圏再突入時に物体が受ける熱は、物体の場所によって異なり、非均一である。
このような空間分布を有する熱負荷に対して、現在の一般的な熱防御法では加わる熱の程度に応じた耐熱材料を場所ごとに選定されるが、熱の分布が複雑な場合は最も熱くなるところに合わせて材料が選定される。
しかし、後者の方法では過剰な安全設計となる場合が多く、重量も全体のうち多くを占めるため、システム軽量化の大きな障害となっている。
そこで同社はこの課題に対して、強化された繊維や特別な樹脂を使用し、要求される性能を満たすように機能性耐熱材料を最適に設計・施工する。
これにより、複雑な熱のかかり方に対しても熱の拡散や表面損耗を最小化する、軽くて耐熱性の高い熱防御システムを開発するのだ。
この技術は大気圏に再突入する物体だけでなく、ロケットエンジン燃焼室のようなシステムにも活用が期待される。
さいごに
いかがでしたか。
ElevationSpaceは東北大学の研究室やJAXAと連携したり、大気圏再突入技術の経験者を巻き込んだりしながら、着実に自社の技術を積み上げている。
これらの技術は他の場所にも応用でき、将来の同社の強みとなっていくだろう。
また、今回のNEDOによるSBIR推進プログラムでは、他にも様々な宇宙企業が採択されている。
ElevationSpaceに加えて、これらの企業についても今後注目していきたい。
ElevationSpaceの求人情報
株式会社ElevationSpaceは今年7月にシリーズAラウンドにおいて総額14億円超の資金調達を実施しており、現在、全ポジション積極採用中。
募集一覧に掲載のないポジションも順次公開予定だ。興味のある方はこちらをご覧いただきたい。