
宇宙産業に携わっている方、またはこれから参入を検討されている方にとって「宇宙戦略基金」は大きな注目を集めている。
この基金は最大10年で総額1兆円規模の支援を行い、日本の宇宙技術の発展を強力に後押しする。2024年度から開始されており、現在は第二期の情報も開示され始めている。
本記事では、第一期のテーマのうち「商業衛星コンステレーション構築加速化」に焦点を当て、採択された企業の取り組みについて解説する。
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宇宙戦略基金とは?
宇宙戦略基金の概要
宇宙戦略基金は、政府が 民間企業や大学の宇宙技術開発を支援するための資金制度であり、文部科学省・総務省・経済産業省・内閣府が共同で運営する。JAXAが支援先の選定や評価を担い、開発の進捗管理や専門的サポートを提供する。
これにより、日本の宇宙産業はJAXA主導の開発から、民間・大学主体の開発へとシフトし、世界市場での競争力強化を目指している。

宇宙戦略基金のしくみ
宇宙戦略基金では、事業の技術成熟度(TRL:Technology Readiness Level)等に応じて以下の2種類の支援形態が設定される。
- 委託 :技術開発の初期段階にあるプロジェクト向け。長期的な研究に対し、手厚い資金支援を実施。
- 補助 :商業化の見込みがある技術向け。市場競争力を高める開発に対し、一部の費用を補助。
開発進捗に応じて A〜Dの4段階に分類し、補助率を決定することで、実施者の規模や市場成熟度に応じた柔軟な支援が可能となる。

技術開発テーマの実施内容に応じた支援形態 ©内閣府
衛星事業を支援する重要性
今回、支援対象となっている技術開発テーマの中でご紹介するのは「商業衛星コンステレーション構築加速化」である。
近年、宇宙開発の民間化が進むにつれて従来の大型衛星に代わり、多数の小型衛星を連携させる「コンステレーション」方式 が宇宙産業の主流となりつつある。この方式は比較的に1機あたりの製造コストが低く、技術実証やアップデートが容易であり、またリアルタイムでの高精度データ収集や高速通信を可能にする。
一方で、サービスを実現するためには多数の衛星打ち上げが不可欠であるため、莫大な初期投資が必要だ。特に、スタートアップ企業にとっては 「死の谷」と呼ばれる事業化の段階で発生する問題や障壁を乗り越えるための資金調達が課題となる。
そこで、政府はこの分野に対して、特に以下のような技術開発を支援し、国内の宇宙産業の競争力向上と商業化加速を目指している。
- 光通信ネットワークを実現する通信衛星コンステレーション
- 小型SAR衛星コンステレーション
- 小型・高感度の多波長センサを搭載したコンステレーション
採択企業と取り組み
技術開発テーマ「商業衛星コンステレーション構築加速化」に採択されているのは、下図に示した4社である。
ここからは、採択された各企業について、衛星コンステレーションに関する開発技術についてご紹介する。

アークエッジ・スペース
株式会社アークエッジ・スペース は超小型衛星の設計・製造・運用を手掛ける東京大学発の宇宙スタートアップ。同社の大きな特徴の1つは、多様な衛星に対応できる技術力にあるだろう。
同社が行うプロジェクトには、例えば以下のようなものがある。
例えば、まず従来の船舶監視システム「AIS」の発展版である「衛星VDES」に対応する衛星コンステレーションの開発である。従来システムであるAISは500t以上の船に搭載が義務付けられており、船の位置や速さなどの情報を近くの船舶や衛星AISに向けて一方向的に送信する。しかし、AISを搭載していない船は他の船から認識されないほか、AIS信号の偽装による位置情報捏造、送信可能な情報が限られる、双方向に通信ができないなどの課題があった。
衛星VDESでは、AIS信号に加えて入出港時の通信や船舶間通話に広く利用されるVHF帯の電波を使用。このVHF帯は海上での通信に適しており、比較的短い距離での双方向通信を実現する。さらに中継衛星を使うことで、遠く離れた相手とも双方向通信ができるようになり、海上での安全性や運航効率を大幅に向上させることができるのだ。
また、同社は月面活動で必要となる通信や位置情報を提供するインフラサービスの実現も目指している。
8機の衛星コンステレーションにより、主に南極付近に測位通信サービスを提供する予定で、2028年から2029年に初号機を打ち上げる計画だ。そして、アークエッジ・スペースは上記のほかにも、衛星リモートセンシング、光通信など様々な機能を持つ衛星を開発している。
さらに、様々なミッション機器を柔軟に載せ替え可能かつ、他種の衛星とも通信・連携可能な6U衛星汎用バスシステムも開発中。2025年度までに7機の小型衛星による多目的衛星コンステレーションの軌道上実証を予定している。
また、衛星運用技術の実績や幅広い顧客・パートナーとの信頼関係をもつスカパーJSATとの提携により、事業開発を加速しているのだ。
株式会社QPS研究所
QPS研究所は、小型SAR衛星の企画、製造、運用から、自社で運用する小型SAR衛星データの取得、分析、販売、そして上記に関する技術コンサルティングまでを行うスタートアップ企業だ。
SAR衛星はレーダで地上を観測する衛星であり、太陽光の反射を利用して写真を撮影する光学衛星と異なり、天候・昼夜関係なく画像取得が可能である。
同社は2028年を目途に、独自開発した小型SAR衛星「QPS-SAR」24機のSAR衛星コンステレーションを構築する予定だ。
そして、最終的にはそれぞれ9機の衛星を投入した4つの軌道で地球を取り囲み、計36機の衛星コンステレーションを構築することで、世界中のほぼどんな場所でも平均10分以内に撮影し、特定の地域を平均10分に1回定点観測する準リアルタイム観測の実現を目指している。
同社は衛星量産化に向けて2024年11月頃から新たな研究開発拠点(Q-SIP)を稼働。ロケット・ラボ社と合計8機のQPS-SARの打ち上げを契約し、2025年中に6機、2026年中に2機の打ち上げを計画している。
その最初の打ち上げは、2025年3月15日の予定だ。
また、QPS研究所は自社衛星の開発に加えて、官公庁からの案件も受注している。特に、安全保障強化に向けて民間との連携を強める防衛省からの案件が受注金額で大きな割合を占めており、画像データの提供に加えて、衛星の試作、打ち上げ業務など複数の事業を実施している。
株式会社Synspective
SynspectiveもQPS同様、小型SAR衛星の開発・製造・運用を行い、取得したSARデータの販売とそのデータ解析によるソリューション提供を行う企業だ。
同社は2018年2月に創業され、2020年12月に小型SAR衛星の実証初号機の打ち上げに成功。翌年2月には民間企業として日本初となる小型SAR衛星画像のデータ取得に成功している。
同社はまず、短期目標として、防衛需要を軸とする日本政府へのデータ販売、並びに政府補助金収入を活かし、安定した収益基盤の構築を目指している。
現在、日本政府はSARデータを同社やQPS研究所、そして海外の企業からも購入している。例えば、SpaceNewsによると、Capella SpaceのSAR衛星データの顧客は第1位はアメリカ政府であるが、第2位は日本政府であるとのこと。
Synspectiveとしては早急に開発を進め、撮像頻度や分解能の高さで日本政府の需要に応えていくことが重要だと考えられる。
同社は年産12機の製造体制を確立し、2020年代後半には30機以上の衛星コンステレーションを構築する計画だ。
2024年9月より製造拠点「ヤマトテクノロジーセンター」(大和工場)を本格稼働し、小型SAR衛星の量産を加速させている。
軌道上実証を通じて即時観測技術の実現を目指し、海外展開も踏まえた衛星関連技術の開発で、国際市場での競争力強化を図っていくのだ。
日本電気株式会社(NEC)
NECは、半世紀以上にわたって数多くの衛星を開発・製造し、衛星のオペレーションや画像販売などの宇宙利用ビジネスに取り組むなど事業は多岐にわたる。
宇宙戦略基金では光通信衛星コンストレーション構築及びシステム実証に係る技術開発にて採択された。
宇宙におけるNECの光通信への取り組みは、1990年代のJAXA(宇宙航空研究開発機構) 技術試験衛星VI型「きく6号」(ETS-VI)で世界に先駆けて行われた光通信実験にまでさかのぼる。
その後、2005年8月に打ち上げられた技術試験衛星「きらり(OICETS)」では、世界初となるレーザ光を用いた衛星間光通信実験や低軌道からの光地上局との光通信実験成功に貢献。
また、JAXAとともに光衛星間通信システム「LUCAS」を開発し、同システムを搭載した先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)と、約40,000km離れた静止軌道の光データ中継衛星との間で、世界最速の光通信(通信速度1.8 Gbps)を行い、静止衛星経由で観測データを地上局へ伝送することに成功した。
同社は、衛星コンステレーションが注目され電波干渉対策として光通信の需要が高まる中で、宇宙光通信システムの小型・低コスト化を進め、普及を目指していく方針だ。
さいごに
いかがでしたか。
今回は、宇宙戦略基金の「商業衛星コンステレーション加速化」のテーマについてご紹介した。
過去の記事では、他の宇宙戦略基金のテーマについて取り上げているので、こちらも併せてぜひご覧いただきたい。
政府の支援を受けながら、民間企業や大学が宇宙開発の最前線に挑むことで、日本発の宇宙ビジネスが世界で活躍する未来が期待される。今後の技術の進化と各企業の動向に引き続き注目したい。
参考
- 基金概要
- 宇宙戦略基金について (全体概要)
- 宇宙戦略基金での実施を検討中の テーマ案について
- 商業衛星コンステレーション構築加速化
- 採択結果
- アークエッジ・スペース 宇宙戦略基金「商業衛星コンステレーション構築加速化」事業者として採択 ~多目的衛星コンステレーション群の構築~
- 超小型衛星開発のアークエッジ・スペース、シリーズBで総額80億円を調達
- アークエッジ・スペース、スカパーJSATと超小型衛星コンステレーションの事業化加速に向けた協業を開始
- アークエッジ・スペース、新開発の6U衛星汎用バスを採用した小型衛星AE1c、AE1dの打上げ、運用開始
- 6U衛星汎用バスシステムの開発を完了 〜7機の小型衛星が打上げ・軌道上実証フェーズへ移行〜
- 株式会社QPS研究所 2024/5期 3Q決算説明資料
- 宇宙戦略基金「商業衛星コンステレーション構築加速化」事業者として採択 ~多目的衛星コンステレーション群の構築~
- 衛星コンステに950億円–宇宙「1兆円基金」、経産省の支援テーマ案がついに公開(秋山文野)
- Synspective 2024年12月期 通期 決算説明資料
- Synspective、宇宙戦略基金「商業衛星コンステレーション構築加速化」の採択事業者に決定
- 官民連携による光学観測事業について
- いつでも、どこでもを可能にする SAR衛星コンステレーション
- 宇宙戦略基金とは?目的や概要、対象事業などをわかりやすく解説(SPACE CONNECT)