2024年9月27日、文部科学省における宇宙開発に関する重要事項の審議を行う宇宙開発利用部会(第90回)が実施された。
本記事では、その議題の1つである、文部科学省における令和7年度の宇宙関連分野の概算要求に注目。
政府全体で宇宙関連分野の予算が増加する中で同省が実施する具体的な取り組みとその背景について、前年度との比較も交えながら解説していく。
令和7年度概算要求について
概算要求とは
概算要求とは、各省庁が翌年度の予算確保に向けて必要な経費や施策を財務省に申請するプロセスだ。
毎年8月末から9月初旬に行われ、政府全体の予算編成の基礎となるもので、これを通じて、各省庁の重点施策や戦略的な取り組みが明確化される。
政府全体における宇宙関連の概算要求
政府全体における令和7年度の宇宙関連の概算要求は合計9,000億円を超える。
その中で最も予算が多いのは防衛省の5,974億円だ。
文部科学省は防衛省に続き2番目に予算が多く、事項要求[※1]を除いて2,046億円。他にも、内閣官房や内閣府、経済産業省などが宇宙分野に予算を割いているほか、国土交通省や環境省などにおいても、衛星利用など一部宇宙関連分野が政策に含まれている。
※1 事項要求:概算要求時に内容等が決定していない事項について、金額を示さず に要求し、予算編成過程において、その内容が明らかになった際に追加要求するもの
文部科学省の宇宙関連概算要求
文部科学省では宇宙・航空分野に関する取り組みについて、令和5年6月に閣議決定された「宇宙基本計画」等を踏まえ、以下の4つを推進する。
- 宇宙活動を支える総合的基盤の強化(約571億円)
- 宇宙安全保障の確保、国土強靭化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現(約301億円)
- 宇宙科学・探査における新たな知と産業の創造(約630億円)
- 次世代航空科学技術の研究開発(約396億円)
ここからは、① 宇宙活動を支える総合基盤の強化、② 宇宙安全保障の確保、国土強靭化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現、③ 宇宙科学・探査における新たな知と産業の創造 の3つに着目。
それぞれ重要なプロジェクトをピックアップし、解説していく。
1. 宇宙活動を支える総合的基盤の強化
1-① 基幹ロケットの開発・高度化、打ち上げ高頻度化
まず、新型の基幹ロケットであるH3ロケットについては、開発および能力の高度化と、打ち上げの高頻度化を進める。
目的は以下の2つ。
- 日本の人工衛星を自国での打ち上げ可能にする「自立性」を確保し、衛星打ち上げ費用の海外流出を防止
- 国外の衛星事業者からも選ばれる「国際競争力」を確保して商業衛星を受注し、産業基盤を強化
「開発・高度化」に関しては、前年度に約54億円だった予算を約145億円まで増加。また、「打ち上げの高頻度化」に関しては、前年度は補正予算で措置していたため、新規で約19億円の予算を作成した。
具体的な取り組みは以下の通りだ。
◆ 開発・高度化
「開発・高度化」の主な取り組みとして、1つ目は“固体ロケットブースターのないH3-30形態の地上システム検証・飛行実証”である。
H3ロケットには以下の3つの形態が存在し、その都度、打ち上げる衛星にあったものを使用する。
- 30形態:固体のロケットブースターを装着せず、3基の液体ロケットエンジン(LE-9)のみでリフトオフ
- 22形態:2つの液体エンジンと2つの固体ブースターを使用
- 24形態:2つの液体エンジンと4つの固体ブースターを使用
30形態は、日本では初めての形態の大型液体ロケットで、太陽同期軌道に4トン以上の打ち上げ能力を持ち、打ち上げ価格の低減を目指した形態である。
令和7年度を前提にH3-30形態の実証機が打ち上げられる予定で、主衛星に飛行実証のための性能評価用ダミー衛星、副衛星に複数の超小型衛星が搭載される予定だ。「開発・高度化」の2つ目は、“LE-9エンジンのType2開発による能力向上”である。
LE-9エンジンはH3ロケットの開発に際して日本が独自で開発している第一段エンジン。従来のエンジンと比較して低コストで、かつ1.3倍の高推力を持つ。
また、2段階開発を実施しており、これまでに打ち上げられたH3では、暫定仕様であるType1エンジンや、一部をType2と共通のものにしたType1Aエンジンが使用された。
今後もさらなるLE-9エンジンの能力向上に向けて、恒久対策仕様となるType2エンジンの開発が進められていく。
◆ 打ち上げ高頻度化
「打ち上げ高頻度化」では、H3ロケットの打ち上げ機数を向上させるため、打ち上げ間隔の制約緩和、衛星整備場所の確保、機体製造能力の向上に必要な設備や治工具等の整備を実施。
これにより、政府衛星の打ち上げに加え、国内外の政府・商業需要を取り込むことを可能にする。
1-② 宇宙戦略基金による民間企業・大学等の技術開発支援
次に宇宙戦略基金についてである。
宇宙戦略基金とは、日本の民間企業・大学等が複数年度にわたって大胆に研究開発に取り組めるように国が創設した基金で、2023年11月に閣議決定された。
この基金では宇宙分野の先端技術開発、技術実証、商業化を強力に支援。
中核的な宇宙開発期間である宇宙航空研究開発機構(JAXA)の産学官の結節点としての役割や、戦略的かつ弾力的な資金供給機能を強化することで目標の達成を目指す。
前年度は令和5年度補正予算で措置されており、令和7年度においては新規で25億円が計上された。
文部科学省は、非宇宙分野のプレーヤーの宇宙分野への参入や、新たな宇宙産業・利用ビジネスの創出および事業化を促進するため、内閣府をはじめとする関係府省と連携し、宇宙戦略基金による民間企業・大学等の技術開発への支援を強化・加速する方針だ。
1-③ その他の取り組み
「宇宙活動を支える総合的基盤の強化」では他にも、スペースデブリ除去ミッションの開発や、将来宇宙輸送システムに向けた研究開発を実施。
スペースデブリに関しては、公募によって選定した民間事業者と商業デブリ除去実証「CDR2」を実施中で、現在は株式会社アストロスケールホールディングスとともに実証を進めている。
2. 宇宙安全保障の確保、国土強靭化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現
2-① 技術試験衛星9号機「ETS-9」
技術試験衛星9号機「ETS-9」は、日本の静止通信衛星の国際競争力の獲得のため、通信量の大容量化・大電力化に対応できるさまざまな技術を開発し、実証する衛星である。
前年度に約33億円だった予算は、令和7年度は2倍以上の約78億円まで増加。
具体的な技術として、以下の技術などを実証。
- 重い燃料が必要な化学エンジンではなく、推力を高めた効率の良い電気エンジンを使用するオール電化衛星技術
- GPS衛星からの信号を受信して自動で軌道制御を行う世界初の技術
- 通信容量の増大に向けた大電力化および、電源の軽量化・高効率化、高排熱技術
またデジタル化により、通信に使用する電磁波の周波数帯域やビーム照射地域等を、需要の変化に対応して軌道上で柔軟に変更可能なシステムを開発・実証する。
2-② 衛星コンステレーション関連技術開発
予算が約53億円から約61億円に増加した衛星コンステレーション関連分野では、小型衛星技術に関して、これまで行ってきた民間企業・大学等の研究開発・実証を支援する複数のプログラムを再編・強化を実施。
JAXAの研究開発力を活かした共同活動と、技術実証衛星の打ち上げなど実証機会の提供を組み合わせることで、個々の課題に対応する具体的な支援を行う。
また、光学衛星による地球観測技術については官民で連携。
民間主体で開発・実証する小型衛星コンステレーションと世界最高水準の三次元地形情報生成技術を獲得し、さらにビジネスや政府、学術利用のニーズに繋げていくため、高さ誤差を補正可能なレーザー光(ライダー)による計測技術を早期に開発していく。
2-③ その他の取り組み
「宇宙安全保障の確保、国土強靭化・地球規模課題への対応とイノベーションの実現」では他にも、スペースデブリの観測を行う宇宙状況把握(SSA)システムや、日本が優位性をもつ広域走査型レーダ技術を応用させた降水レーダ衛星「PMM」の開発が行われる予定だ。
降水レーダ衛星では、技術開発により、雪・弱い雨の検知や、雨粒の落下速度等の把握を可能とすることで、雲降水システムの解明、気象・水災害にかかる意思決定や、地球規模の気候・水課題にも資する技術を開発する。
3. 宇宙科学・探査における新たな知と産業の創造
3-① アルテミス計画に向けた研究開発
アルテミス計画に向けては、日本でも様々なプロジェクトを実施。
トヨタ自動車株式会社とJAXAが共同開発する有人月面探査車「ルナクルーザー」には、約24億円と事項要求を新規で計上。
月面における居住機能と移動機能を併せ持ち、有人の月面探査範囲を飛躍的に拡大させる世界初の月面システムの開発を目指す。
月版のISSである月周回有人拠点「ゲートウェイ」に向けた技術開発には、約11億円を計上。日本は、ミニ居住棟(HALO)へのバッテリの提供や、国際居住棟(I-HAB)環境制御・生命維持サブシステム、バッテリ、カメラの提供などを担当している。
また、新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」の予算は、前年度の約4.4億円から約240億円と大幅に増加。
宇宙ステーション補給機「HTV」(こうのとり)を改良し、宇宙ステーションへの輸送コストの大幅な削減と、様々なミッションに応用可能な基盤技術の獲得を目指すと同時に、ゲートウェイへの補給に向けて必要な技術である自動ドッキング技術を獲得する。
他にも、月極域における水の存在量や利用可能性を判断するためのデータ取得などをインド等との国際協力で実施する「LUPEX」や、火星衛星の由来解明等に向けてリモート観測や試料サンプルの回収・分析をおこなう「MMX」にも大きな予算を計上している。
3-② 深宇宙探査技術実証機「DESTINY⁺」
「DESTINY⁺」は、惑星間ダストの観測および、ふたご座流星群母天体「フェートン」のフライバイ探査を行い、地球生命の起源解明への貢献や、小型深宇宙航行・探査技術の獲得を目指す探査機である。
将来の深宇宙探査をより低コスト、高頻度、柔軟に実行するための技術実証機でもあり、従来では「DESTINY⁺」のような500㎏級の探査機を惑星間に送り出すことができない小型ロケットでの打ち上げを実現するために、探査機、ロケット双方の技術が設計・開発されてきた。令和7年度にイプシロンSロケットによって打ち上げ予定であったが、イプシロンSロケットの開発が間に合わないため、同ロケットでの打ち上げを取りやめ、別の打ち上げ手段を探すとのこと。
打ち上げ時期についても調整中だという。
3-③ その他の取り組み
「宇宙科学・探査における新たな知と産業の創造」では、他にも様々なプロジェクトを実施。
これまでに続き、ISSにおける「きぼう」実験棟の運用や、はやぶさ2の拡張ミッションとして新たな小惑星(1998KY26)への到達を目標とした惑星間飛行運用に取り組んでいくとのことだ。
さいごに
いかがでしたか。
文部科学省における宇宙関連予算においても、前年度と比較して予算が増加しており、宇宙産業拡大に向けた政府の力の入れ具合が伝わってくる。
より詳しい情報は、宇宙開発開発利用部会の資料や宇宙基本計画に掲載されているため、興味のある方にはぜひご覧いただきたい。