Starlinkにも採用、STマイクロエレクトロニクスの高性能マイコン「STM32V8」について解説
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2025年11月20日、総合半導体メーカーであるSTマイクロエレクトロ二クスは、業界初となる高性能アプリケーション向け18nmマイクロコントローラー(マイコン)「STM32V8」を発表した。

本製品はStarlink衛星同士を接続するための小型レーザー・システムに採用され、高速演算と堅牢性により商用半導体として、宇宙市場に踏み込む事例として注目されている。

本記事では、「STM32V8」がどのような特徴を持ち、なぜStarlinkに採用されるに至ったのかについて解説する。

STマイクロエレクトロ二クスについて

STマイクロエレクトロニクス(以下、ST)はスイスに本社を置く総合半導体メーカーである。

従業員規模は約5万人、世界20万社超の顧客・数千社のパートナー企業と協働し、産業・車載・民生など幅広い領域へ製品を供給する。スマートフォンから産業機器まで、日常の多くのデバイスに同社の技術が組み込まれており、世界的に幅広い用途で利用されている半導体メーカーとして知られている。

STM32V8の特徴

概要

マイコンは機器制御の中核となる「組み込み用CPU」であり、計算処理、メモリ管理、制御信号など多様な機能を一体化した半導体である。

STM32V8は、この「頭脳」としての性能を大幅に引き上げ、最大800MHz動作というマイコンとしては非常に高速な処理能力を備えているのが特徴である。

家電・産業機器向けマイコンは数十〜数百MHzが一般的であり、800MHz級は高度なリアルタイム処理や細かな制御が求められる用途に適する。

また高性能化に伴う電力増加を抑えるため、省電力設計と大容量メモリを組み合わせており、IoT機器や通信機器など、演算性能と低消費電力を同時に求める領域に対応する。

STマイクロエレクトロニクス 最新の高性能半導体
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注目すべき技術要素

STM32V8には、いくつかの特徴的な技術が取り入れられている。

■先進的な相変化メモリ

電源を切ってもデータが残る「不揮発性」の相変化メモリを4MB内蔵している。相変化メモリは材料の結晶構造を変化させることで情報を記憶するもので、STM32V8では、セルサイズが市場で最も小さいとされる先進的な相変化メモリを使用。

限られたスペースで大容量化を実現している。

■次世代18nm FD-SOI技術を使用

18nmという非常に細かい単位で回路を形成する先端プロセスを採用し、高い性能と省エネ性を実現。さらに、FD-SOIと呼ばれる製造技術により、温度変化や電気的ノイズなど外部からの影響を受けにくい構造となっている。

優れた電力効率と安定性を確保し、最大140℃の接合部温度に対応する設計が実現されている。

■シリーズ最高性能のArm® Cortex®-M85をCPUに採用

機器の計算処理を担うCPUには、シリーズで最も高性能なモデルを採用。

最大800MHzで動作し、従来よりも大幅に処理能力が向上しているため、センサーを使った高度な制御や、瞬時の応答が求められる装置にも使用可能となっている。

■最先端のセキュリティ機能

データの改ざんや不正アクセスを防ぐ仕組みを内蔵しており、暗号化や機器のライフサイクル管理にも対応する。

国際的な認証レベルを満たす安全性を備えているため、今後求められるセキュリティ要件の強化にも対応できる。

Starlinkに選ばれた理由

SpaceX社の小型衛星通信コンステレーション「Starlink」では、低軌道を秒速約8㎞という超高速で移動する衛星同士を接続するための小型レーザー・システムにSTM32V8を採用している。

衛星間レーザー通信は、移動中の衛星同士が正確に向き合いながらデータをやり取りする必要があるため、超高速で正確な制御が求められる。特に、レーザーの向きを制御するためのリアルタイムな演算能力と、長時間の連続動作に耐える堅牢性が重要になる。

これらの要求に対し、STM32V8は高速演算、低消費電力、大容量メモリ、FD-SOIによる環境耐性という特性が適していたと考えられる。

SpaceX社のStarlinkエンジニアリング部門バイスプレジデントであるMichael Nicolls氏は、次のようにコメントしている。

「STM32V8マイコンを使用したStarlinkの小型レーザー・システムは、Starlinkネットワークで高速通信を発展させる取り組みにおいて重要なマイルストーンとなりました。STM32V8の高い演算能力や、大容量の内蔵メモリとデジタル機能の統合が、厳格なリアルタイム処理の要件を満たす上で不可欠な要素でした。また、18nm FD-SOI技術により、低軌道環境における信頼性と堅牢性の向上を実現することができました。STM32V8を他の製品にも展開し、その機能を次世代の先進アプリケーションに活用することを楽しみにしています。」

さいごに

STM32V8がStarlinkに採用された事例は、宇宙向けの特別な部品だけが宇宙で使われる時代から、一般的な産業向け半導体が性能を高めることで宇宙分野にも応用されていく流れへと移りつつあることを示している。

今回のように、地上で広く使われている技術が宇宙通信の基盤に組み込まれるケースは、今後さらに増えていくと考えられる。高性能化や省エネ化、安定性の向上といった“地上の課題”に向けて磨かれた技術が、そのまま宇宙でも価値を持つようになっている。

こうした動きは、宇宙分野に参入する企業の選択肢を広げるだけでなく、地上産業で培われた技術が新たな市場を開く可能性を示している。

参考

STマイクロエレクトロニクス、業界初、高性能アプリケーション向け18nmマイコンを発表(STマイクロエレクトロニクス, 2025-11-24)

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