
株式会社IHI(以下、IHI)は2025年9月8日、英国の衛星開発企業であるサリー・サテライト・テクノロジー(以下、SSTL)および地球観測データ企業のグローバル・サテライト・ビュー(以下、SatVu)との提携を発表した。
本提携は、IHIが推進する次世代衛星ネットワーク構想の一環であり、宇宙を通じた日英間の安全保障協力を強化する動きとして位置付けられる。本記事では、提携先企業の特徴を整理するとともに、IHIが英国勢と手を組む狙いを考察する。
目次
背景:IHIが進める衛星コンステレーション構想
IHIは現在、複数種類の小型衛星を組み合わせ、高頻度での観測を可能にする「衛星コンステレーション」の整備を進めており、実現に向け、国内外で多様な取り組みを展開している。
その一例が、2025年5月に合意したフィンランドのSAR衛星大手ICEYE(アイサイ)との共同運用計画である。最大24基のSAR(合成開口レーダー)衛星を活用するもので、昼夜や天候を問わず地表観測を実現し、防衛や災害対応に不可欠な基盤センサーとしての役割を担う。
IHIはこれを支える国内製造拠点の整備にも着手している。
国内ではアークエッジ・スペースやLocationMindと連携し、VHFデータ交換システム(VDES:VHF Data Exchange System:次世代AIS)衛星を用いた海洋状況把握技術の開発を推進。宇宙と海上インフラを結びつけることで、海上安全保障の高度化を図っている。
また2026年3月にはハイパースペクトル衛星の打ち上げを計画している。
通常の光学観測よりも波長ごとの詳細なデータを取得できるハイパースペクトル技術は、資源探査や農業監視に加え、防衛分野における識別能力向上にも寄与する。
最終的にIHIが目指すコンステレーションは、光学、VDES、電波収集(RF)、赤外線(IR)、ハイパースペクトルといった多様なセンサーを組み合わせた多層型衛星群である。
これにより、陸域や海域における目標検出・追跡能力を包括的に提供する構想だ。
こうした多面的な取り組みを進めるなかで、IHIは小型衛星開発や赤外線観測に強みを持つ英国企業との提携に踏み出した。
企業概要と提携内容
サリー・サテライト・テクノロジー(SSTL)
企業概要
SSTLは1985年に英国サリー大学で設立された小型衛星メーカーであり情報収集・監視・偵察衛星の開発に強みを有するほか、衛星運用に必要な宇宙・地上インフラの製造・展開も手がけている。
2009年以降はエアバス・ディフェンス・アンド・スペースの子会社となり、これまでに70基以上の小型・中型衛星を開発・製造してきた。2024年には英国防省向けに主権能力を持つ小型衛星「TYCHE」を打ち上げ、続いてより高性能な衛星「JUNO」の契約も進めている。
提携内容
IHIとSSTLは、軌道上での実績豊富なSSTLの衛星バスや光学衛星を活用し、日本の情報収集・監視・偵察能力を高めるためのコンステレーション構築で協力する。SSTLが英国で展開するコンステレーションと、IHIが日本で整備するコンステレーションとの間で、衛星データや撮像キャパシティを相互に共有する仕組みも設ける。

グローバル・サテライト・ビュー(SatVu)
企業概要
SatVuは英国を拠点とする宇宙スタートアップで、熱赤外線センサーを搭載した小型衛星の開発に特化している。2023年に最初の衛星「HotSat-1」を打ち上げ、「HotSat-2」「HotSat-3」については、今後の投入計画が進行中とされる
赤外線技術を用いて地表の温度を高精度で可視化できるのが強みで、国家安全保障および経済安全保障、災害対応、産業活動の監視、エネルギーインフラの観察、気候リスクへの対応などに活用されている。
提携内容
IHIとSatVuは、日本の国家安全保障および経済安全保障市場に向けて赤外線衛星コンステレーションの主権性を確保することを目的に提携した。両社は高解像度の赤外線データの活用方法を検討するとともに、今後のコンステレーション要件を定義し、国内製造も視野に入れた事業スキームを進めていく。

IHIの狙いについて
宇宙・防衛分野における日英関係強化と産業発展
IHIが英国2社との提携に踏み切った背景には、国家安全保障と産業基盤の双方を強化する狙いがある。
地政学リスクの高まりを受け、日本は防衛投資を拡大しており、広島アコード[※1]以降、日英間の宇宙・防衛協力は急速に進展している。2025年8月の防衛相会談でも、新技術分野における連携拡大が合意された。
※1 広島アコード:G7広島サミットに先立ち、日本とイギリスの間で発表された包括的なパートナーシップ強化に関する合意。両国間の協力をさらに深化させ、特に安全保障、経済、技術、エネルギー、気候変動などの分野での連携を強化することを目的としている。
今回の提携は、こうした政府間合意を産業界で具体化する動きと位置付けられる。
IHIはSSTLとの協力を通じてISR(情報・監視・偵察)分野を強化し、SatVuとの提携により赤外線観測能力を拡張することで、多様なセンサーを組み合わせた体系的な観測網の構築を進めている。これにより、国家安全保障および地球観測分野における日英連携を深化させつつ、日本が海外依存から脱却し、自国主導で衛星情報を運用できる体制を確立することが期待される。
事業横断的な活用可能性
IHIはエネルギー、インフラ、船舶エンジンや港湾機器など多様な事業を展開しており、衛星データは発電所の稼働監視や設備維持管理など自社事業への応用も可能である。
さらに、小型ロケット「カイロス」を開発するスペースワンの大株主であり、打ち上げ手段を自社グループ内に持つことも強みとなる。衛星とロケットの両輪を押さえることで、調達から運用までを一気通貫で展開できる体制を築きつつある。
さいごに
今回のIHIと英国企業との提携は、ISRと防災の即応力を引き上げ、主権的運用(データ・キャパシティの相互補完、国内製造の検討)を進めつつ、IHIが保有するエネルギー・インフラ・港湾機器など自社アセットの監視最適化にも横展開することが狙いであると位置付けられるだろう。
IHIはこの枠組みを通じて、日本の国家安全保障と経済安全保障を強化するとともに、衛星データや観測能力の相互活用によって同盟国・同志国との協力関係をさらに深めようとしている。
今後は、IHIグループ全体で陸・海・空・宇宙といった多領域からの情報収集と分析を統合し、より安全で持続可能な社会の実現に貢献していくことが期待される。
参考
地球観測衛星コンステレーション整備事業でICEYE社と協力(IHI, 2025-09-09)